自販機の下で

切り取って、削りだした先にこそ「おもしろい」が宿る

ボードゲームをしませんか?

ボードゲームが好きな人は、一見、負けず嫌いに見えるけれど、
「勝つこと」をそんなに欲しない人が多いのではないか。
(奥深くには承認欲求とか嫉妬心とかあるかもしれないけれど、置いておく)

では何が楽しいの?と聞かれると、
運と読み(予測)と物語のあいだをいったりきたりしてる感覚、
その感覚だ。たぶん。

人生ゲームがおもしろくないから追加ルールを作ったというエントリがあった。
@nifty:デイリーポータルZ:人生ゲームを面白くする方法
なぜおもしろくないのか。
それは「運」への偏りが大きいからだ。
追加ルールという発想自体はわかるけれど、
もうちょっとおもしろくする方法はありそう。ルーレット保険とか。
昔から遊ばれているゲームにケチつけるのはハードルが高いよね…。
どちらにしろ人生はあんなに簡単な物語ではないし、
ルーレット頼みだから読みの要素は少なくなる。

では「読み」へ偏るとどうなるか。
ご存知の囲碁や将棋がある。あれは「読み」の職人達のゲームだ。
長い時間データ化され蓄積された「定石」を覚え、
その上で新しい手順を作る。そんなゲーム。全ては予測の上にある。

それら間にあるのがボードゲームの世界。
物語は世界観と言い換えてもいいけれど、
世界観のあるゲームはやっぱりオモシロイ。
アグリコラ”があんなにおもしろいのは、
きっとどうぶつの森と同じような、
「農場を耕している自分」になりきる感覚だろうし、
"ディキシット"でカードのことを喋る時は、
まさに物語の紡ぎ手になっているのだろうし、
ドミニオン”で最後に自分のデッキを確認し、
自分がどんな「王国」を作って国を拡げていったか振り返る瞬間。
その瞬間に物語ができる。

世界観がなくても、
読みと運が絶妙であれば楽しめるゲームもある。
”ブラフ”がまさにそれで、
確率への読みとダイスの運の狭間で、
隣の人の頭の中を読みながら、試行を積み上げていく。

そのへんの運と読みと物語の狭間を、
「隣の誰か」と一緒に楽しむのがボードゲームなのだ。
とんなに楽しいゲームも誰かとやらなきゃ楽しくない。
結局は「誰かと笑っていたゲーム」が振り返ったとき、
いちばん楽しかったゲームだ。

よく知る、そしてまだ見ぬ「誰か」と一緒に、
ボードゲームをしませんか?

美味しいお酒片手に、おもしろい人たちと、楽しいゲームを。

※追記(12/3)
今月もゲーム会やります